※2016年7月24日のブログを加筆修正しています。
2020年度はコロナ禍で、ヒューマンビートボックスのフィールドワークを中心とした研究は、ほとんどが中止になりました。今回のブログは、「コロナ」と言えば、「ビールの銘柄」か「トヨタの昔の車種」と言われていたであろう2016年当時の話しをベースにしています。
とある年少者を対象にしたヒューマンビートボックスの指導事例の収集に行った時のことです。対象は、小学5年生と小学2年生の兄弟で、お兄ちゃんは、始めてから1年ちょっと、かなりかっこいいビートを刻めます。弟さんは、レッスン2回目の初心者ですが、なかなかの吸収力でどんどんうまくなっています。
そんな二人の口から出てきた言葉は、
「学校の音楽の授業はツマラナ~イ!」
想定の範囲内とは言え、やはりショックでした。自分の職業も、学校の音楽の先生(18年前までは高校の音楽教員)だったので、「そうだよね〜」とは素直に頷けません。と同時に、「どんな授業なの?」と、尋ねてみました。すると・・・
「先生は話してばっかりで、自由に音楽をさせてくれない」
とのこと。その先生は、音楽を表現する楽しさよりも、文化としての知識を授けたかったんですね。(きっと)
同じ質問は、非常勤講師で出会った学生にも毎年しています。すると、色々な音楽の授業の様子がわかります。
「合唱が中心でした。合唱コンクール前はみんな真剣に取り組んでいました。」
「リコーダーの合奏が多かったと記憶しています。」
これらは普段よく耳にする音楽の授業風景です。でも、次のような授業も実際に行われていたようです。
「ずっと、DVDの鑑賞でした。先生は準備室に篭って仕事をしていました。」
(放置授業です。ちなみにこの先生は、もう退職されています。)
指導法を学ぶ学生には、最初に必ず話すことがあります。
「あなたの保育観や音楽の授業観の基盤は、あなたの経験によって成り立っています。だから、あなた自身が「保育や学校の音楽の授業はそんなもんさ」と思っていたら、またしてもツマラナイ保育や授業が再生産されていくことになります。逆に、楽しい保育や授業という“バトン”をもらう(経験する)と、そのイメージがあなたの保育観や授業感の基盤となってふくらんでいく・・・。これを、私は“師のリレー”と言っています。“バトンゾーン”とは、多くの場合はお世話になる先生と共に過ごす期間のことを意味します。
師は幼稚園や保育園、学校だけいるとは限りません。見方によっては、落語家だって、本の中にしか存在しない人物だって、師になり得るのです。大切なのは、自分の師を見つけるためのアンテナをいつも磨いておくこと。そして、もっと大切なこと、それは良い師に巡り会ったら、感心して終わりにするんじゃなくて、その教えを具体的な行動に直ぐに取り込むことです。一番手っ取り早いのは、その師の言葉を反芻することじゃないかと思います。」
このブログを書いている私だって、様々な人との出会いによってつくられています。
脈々と受け継がれる、師のバトン・・・
師はバトンゾーンからは出られません、それが摂理です
あなたは、誰から“バトン”を受け取り、そして、その“バトン”を誰に渡そうとしているのでしょう。
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